「菊日和」を考える
兼題「菊日和」
仲秋
菊の香のしみ通るような、澄み渡った秋の日をいう。各地で菊花展が開かれたり、菊人形が作られたりなど、目や心に菊の存在を感じられる日和である。(俳句ポスト365引用)
大歳時記には、「秋日和」と違い目や心のどこかに菊の存在がなければいけない、ともあります。
この部分が難儀ですなぁ。
カプリコ食べながら…と思ったら、開けたらこの状態でした。
好きでたまに食べますが、こんなことになっていたのは初めて💧
暑くて溶けて、また固まったんですかね…?
(それより、こんな時間に食べるの…?)
逸れました。
菊のイメージから連想したものは、
菊そのもの、品評会、皇室、警察、競馬、刺身のつま、お葬式
などでした。
もっともっともっとあるはず💧
でも残り日数も少ないので、この辺りから発想を飛ばして、澄み渡った秋の日が表現できればと思います❗️
しかし最近、ギリギリの投句になっちゃっててダメですね。
そのうち〆切忘れの回ありそう💧